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【投資系4板】トナメ宣伝所【毎日22:55一斉投票】

1 :名無しさん@お金いっぱい。:05/03/20 06:35:24 ID:PolOFjpc
2ちゃんねる全板人気トーナメントッッ!!
http://plum.s56.xrea.com/2ch.html

投票の仕方
@コード発行所 http://tiger513.maido3.com/~bs6000/2ch/ にアクセスし、
 そこで発行されたコード(このような文字列→ [[2chx-xxxxxxx-xx]] )をコピー

A投票所 http://etc3.2ch.net/vote/ の投票スレッドで
 以下のとおり書き込む

  [[2chx-xxxxxxx-xx]] (←@でコピーしたコードを貼り付け)
  <<板名>>板に1票  (←板名を<<>>で囲む)
  *****************  (←適当なコメント、AA等 なくても可)

■注意事項■ 

<<>>←これで板名を囲んでいなかったり、コードをちゃんとコピペしていないと
無効票になってしまうのでお気をつけください。
<<>>を2つ以上入れても無効になります。

■ルール■
http://bbsvote.kakiko.com/2ch_rules.html

413 :空売りと規制の歴史:2005/04/19(火) 18:14:55 ID:8V9xlbG2
減税やら利下げやらしていても埒が明かないような大不況
またはバブル崩壊のようなパニックの時には長年使い倒した手が発動されます。
空売りを規制すると言うものです。

この規制の歴史を見ると、一番最初に規制が議論されたのは
1610年、オランダはアムステルダム証券取引所に上場していた
オランダ東インド会社の株が暴落した時にさかのぼります。
当時の経営陣は株価の下落をすべて空売りをしていた投資家のせいにしました。
政府への訴状はこんなものでした。
「空売りと言う手段で市場に攻撃を仕掛けた投資家たちは誠実な株主に損害を与え続けている。
被害を受けた株主の中には未亡人や、孤児なども多く……」

政府からの圧力に対して初め、アムステルダム証券取引所も強気に反対意見を出します。
「株価が下がったのはその企業の事業内容が元々不満足だったからだ。
今の株価にしても慧眼のアナリストであれば間違いなく割高と喝破するであろう。
(中略)もし、投機や空売りが禁止されれば株価は総じてもっと下がるだろう」

昔からアナリストは外しまくってたとも読めますw。
この主張の根拠は一旦売ったものは買い戻さないといけないと言う空売りの原理からして
株価が下がった場合には空売った人たちが買い戻すためより価格が安定する、と言うものです。
しかし、政府からの圧力に抗し切れなくなったアムステルダム証券取引所は2月に空売りの禁止を
取り決めますが、結局実行されることはありませんでした。

414 :空売りと規制の歴史:2005/04/19(火) 18:16:05 ID:8V9xlbG2
次に空売り規制が出てくるのは1720年から暴騰し南海バブル株事件の起こったイギリスのロンドンです。
南海会社がが南海貿易を独占すると言う思惑にのって株価は325ポンドから1200ポンドに暴騰
そして政治家がらみのスキャンダルや貿易の独占なんてして無い会社だということがばれた後、
一気に86ポンドまで急落します。余談ですが、アイザック・ニュートンもこの時に
約2万ポンドの大損ブッコいボヤいてます。
「私は天体の動きは計算できるが、群集の狂気は計算できない」

この事態を受けてジョン・バーナード卿は空売りの禁止法案を提出、
1734年に議会を通過して成立します。しかし、この法律は英国内での公開のみが
対象である、との判決が出てしまったために、効果はありませんでした。
その後、1860年に撤廃されます。その三年後再びロンドンで株ブームが起き、
1866年、ガーニー割引商会の破綻を期に銀行株の大暴落が起こります。
翌年、銀行株の空売り禁止法案(リーマン法)が議会を通過、しかしまたもや
裁判所によって無力化され、1878年に王立委員会による調査で
「暴落の原因は不健全な銀行経営と貧弱な財務による」と結論されました。

フランスの場合は、ブルボン朝が革命によって倒れる直前からの混乱によって
株価の暴落があり、パリ証券取引所は革命後の再開において空売りを禁止しました。
またその後帝位についたナポレオンも、空売りを敵視していました。
財務大臣レイモンに対してこういっています。
「空売りの実行はテロそのものだ。国債が紙くずになるぞ」
戦費調達のための国債が空売りによって暴落すると財政が破綻するから、でしょう。
ピカは戦わなければいけなかったナポレオン最大の仮想敵だったのかもしれません。

ヨーロッパを離れて今度はアメリカに目を向けてみると事情はちょっと変わっています。
1812年、ニューヨーク州議会は通貨と銀行株への投機をきっかけとして
対イギリス独立戦争の期間中空売りを禁止します。しかしこの頃の証券市場は
店頭市場しかなかったため余り影響はありませんでした。
その後、1857年から1859年の不況期に空売り禁止を解除します。

不況の際に空売りを解禁するというのはまれですが、恐らく(私見ですが)、
シカゴ商品市場(CBOT、1848年設立)での経験から空売りに抵抗がなかった、と考えられます。
商品先物市場も売り買いどちらからも入れることによって価格の安定させる効果があるためです。
このCBOTは後の南北戦争で北軍の物資供給に多大な貢献をすることになります。
馬の飼葉や兵糧、占領地の食料を調達するのに需給が逼迫する前に先物を売り買いすることにより
調達資金を圧縮、平準化できるためです。リンカーンも戦争の遂行進展、計画と小麦や飼葉の
相場先行きを気にしてたのかもしれません。
南軍降伏の翌月、1865年6月に北軍総司令グラントとシャーマン将軍はCBOT立会場を訪れています。
……って脇道にそれてしまいました。

415 :空売りと規制の歴史:2005/04/19(火) 18:16:38 ID:8V9xlbG2
逆にギッチギチに空売りを監視しようとしたのがヴィルヘルム2世治下のドイツ帝国でした。
1888年ハンブルグでのコーヒー豆買占め、1889年には砂糖価格の暴落、1891年には穀物価格の崩壊
と、即位して間もないヴィルヘルム2世に商品先物の乱高下が次々と襲い掛かります。
そうこうしている間に銀行の中に預金に手をつけた投機失敗によって倒産まで出る始末。
帝国政府は投機によって破綻した証券会社を刑事告訴する厳しい監視を始めます。
しかし、農業団体からの批判や政情混乱で株式市場は更に混乱、ついに議会は
穀物、小麦の先物取引の禁止、全ての「投機家」を登録制にした上での鉱工業株空売り禁止
する法案を1897年1月1日施行します。

ところが農業団体の目論見は外れ、さらなる価格下落が襲い掛かります。
投 機 屋 潰 し た ら 買 い 手 が い な い !
皆キビシ過ぎる規制に腰が引けてロンドンやアムステルダムに行ってしまったために
誰も買わない→値段を下げて投売り→やっぱり買い手がいないの悪循環にはまってしまいました。
その後1909年に証券取引について、1911年に商品取引も開放されましたが、
第一次大戦の敗北もあってドイツ経済は散々な状態となってしまいました。

第一次大戦中も戦時、と言う事で各国は空売りを禁止しました。
やがて戦争が終わり、黄金の20年代に復活。しかし、1929年の大恐慌の時にまた
空売りを巡る論争が再燃し始めます。
大恐慌直前に靴磨きの少年が株の話をしだしたのを聞いて空売りを仕掛けた
マフィアとのつながりを噂される男ジョセフ・ケネディ、
チェース銀行と同族会社とアメリカとカナダの法律の隙間を縫ってインサイダー情報を駆使
し、私腹を肥やしたチェース銀行会長アルバート・ウィッギンなどの疑惑から空売りは罪であると言う
イメージが広がって行きます。


416 :空売りと規制の歴史:2005/04/19(火) 18:17:12 ID:8V9xlbG2
一番割を食ったのはベン・スミスでしょう。彼は口癖のように「売り飛ばせ!こんな企業に価値は無い!」
と叫びまわっていたことからSell'em Benと言うあだ名で呼ばれていました。
大恐慌のときには儲かっただろう、との噂もありましたが、実際は大恐慌の初期に買いのポジションを持っていました。
つまり、彼が猛然と売り進んだのは損失確定と穴埋めのためで、売れ!と叫ぶようになったのは
暴落して大損していたためだったのです。正に大損ブッコ涙目損切り。

1932年にニューヨーク証券取引所(NYSE)のエコノミスト、エドワード・ミーカーが著書『Short selling』
の中で当時の売り崩しの調査を行い、空売りの価格安定効果を主張します。
一方、フェルディナンド・ペコラ上院銀行通貨委員長が大統領選前に空売りの政治利用があった
恐れがあると言う調査をまとめ公正化と情報開示のために1933年証券法改正、1934年証券取引法改正、SEC設立、
インサイダー取引規制や株価操縦の禁止、アップティックルール(後述)が法制化されていきます。

その後、1986年、全米証券協会によるポラック・レポートが貸株制度(空売りする時の借りてくる株を調達
し、情報を公開する証券金融制度)について提言を行い、法・制度整備が行われます。

翌年にはブラックマンデー後の1987年に全株の5%を超える空売りをしている場合には
公開すべきという店頭取引協会(NASD)の提言が提出されます。ところがこれにSECは
「空売りポジションの公開は憶測を呼び風評被害を引き起こす懸念がある」と反発。
噂や思惑への危機感VS公正な情報公開VS経営者の責任逃れと言うドロ沼は今も続いています。

417 :空売りと規制の歴史:2005/04/19(火) 18:18:17 ID:8V9xlbG2

確かに、売り崩し目的だけの風説の流布や投機的な空売りによる株価操縦はイク(・A・)ナイ!
しかし、日本においては2002年の3月に機関投資家の空売りに規制がようやく実施されました。
いわゆるアップティックルール(今の値段より下がるような空売り禁止)
と言うもので、機関投資家は株価を押し下げる目的では空売りが出来なくなりました。
個人の50単位以内での信用取引はこの範囲ではありません。
しかし、5%以上の大株主の大量保有報告書即時公開に最短でも5日の猶予があり、
また、風説の流布や市場操作等の経済犯罪において調査人員不足及び刑罰が軽い、等の問題が残っています。

またこれにより逆に少ない手元資金で操作のしやすい日経平均やトピックスといった指標の先物が
機関投資家(=投資系で言う「大人」)の空売りの標的になっていると言うのも皮肉な話です。
大証の先物の呼び値(値段の刻み)が10円と大きいのも問題なのですが。

今も昔も相場での思惑と事実のしのぎ合い、もし今もニュートンが生きてたとしたら
「私は適正株価やオプションの動きは計算できるが、群集の思惑は計算できない」
と、一人ごちるかもしれません。

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